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あけましておめでとうございます

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2012年になりましたね。

2011年は波乱の年でしたので、今年は平和でありますように。
11という数字には、なにか怖いものを感じます。

あまりいい印象がない。でももう、2011年は終わり。
もう私が生きてるうちに、11のつく年は来ない…かもしれない。

よく考えてみれば。1000年代から2000年代の節目に生きているということは
なかなかすごい事なんじゃないかなあ。

自分の憧れている人間が、すでに亡くなっているときに
自分が生まれる前に亡くなっていたとき、

その人との距離がより遠いものに感じる。
同じ空の下を生きなかったということだからね。

好きなアーティストが
好きになったころには解散していたり、亡くなっていたりとかして

その時点で「遺作」となっているものを

CD屋で何枚も一気に買ったり、借りたりして
聴くのは、どうも「遺産を食いつぶしている」ような
そんな感覚がして、どこかむなしい。

かといって復活してほしいとか、そういう思いも特になく
なんだか血に足のつかない片思いのような
スカスカした感じがずっと残る。

だけれどそれはどうしようもないことだし、それはそれで、たぶん美しいことなのだと思う。



私のレコードは鏡
その中に誰もが私を見ることができるの

私はどこにでも同時にいる
大きな音であちこちでみんなが私の歌を聞いているから


フランス・ギャル 
夢見るシャンソン人形 より引用



フランスギャルもこう歌ってることだし

私が聴けるのは数十曲の歌だけだけれど
それはそれで、いいのかもしれない。
それ以上になにもない。ただ美しい曲があるだけ。

片思いが痛々しいのは
その人の綺麗なところしか見ようとしないから。
そこにその人自身はいないから。

だからこそCDの裏面みたいにキラキラ光る。



そして冷めてきた頃に再結成したりして、あれ?となる(笑)

その時の自分の冷静さはもはやドライアイスのようで自分でも恐ろしいほどだったりする。




あれ、何の話していたのだっけー?


ああ、つまり


中原淳一と同じ空気を吸えなかったことが
つらい、ということです(笑)
そして
でも私には、私の中原淳一がいるから、いいのよ
ってこと(笑)




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